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ふるえる心臓の声 [自作小説]

 

 どきん、どきんと胸が鳴った。
 目の前で呑気に、顔に似合わない幼い寝息をたてる彼を見ながら、思う。


 ――これがチャンスだ。



 赤い唇の、彼の横に手を突く。
 僅かに寝台が軋んだ音をたてた。


 起きているんでしょう?



 何度も何度も違うと否定した言葉を、口に出す。
 すると彼は、ゆっくりとあの吸い込まれるような瞳を覗かせながら薄く笑った。


 いつまで経っても煮え切らない奴だな、お前は?


 煮え切らない?
 言っているでしょう。私は、貴方が大嫌いです。



 そう言うと、とても可笑しい冗談を聞いたというように、彼は笑う。


 とてもそう思ってるようには見えないけどな?
 まあ、せいぜい足掻いてろ。
 いずれ、逃げたくても逃げられないようにしてやるから。

 大丈夫、大嫌いです。お決まりの台詞を返す。



 違うだろう? 本当は。
 好きなのだろう? 本当は。
 とっくに逃げ出せなくなっている。当の昔に、私は。


 熱くなる頬を見咎められたのか、彼は至極満足そうに、笑った。

 

お題提供 月と戯れる猫

 

 


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心が乱れて、切なくて、苦しくて。 [自作小説]


飛び出したい!
まだ見ぬ世界へ。

走り出したい!
あの高みの更に向こうへと。

そして走り抜けたい!
知らない人たちと出会いながら。


我、希望に溢れ、盛んに未来への羨望を言い表し、幸せへの渇望を満たす事が出来ると信ず。


それをあの人は鼻で笑った。
声高らかに罵った。

君に何が出来る?
たったこの場さえ変える力のない、非力な君が。
異国とのコミュニケーションの仕方さえ見当もつかない、要領の悪い君が。
何が出来るというのだ?


そうだとも。何の力もないとも。

そう言い返してやれればよかったのに。


秘めた恨みを内で燃やし、負けるもんかと踏ん張りながら。
着実に力をつけて、ものの見事にぎゃふんと言わせてやるのだと、かたく決意しながら。


そうさ、私を見返せばいい。
私が納得する証拠を見せ付けて、屈服させてみろ。
ならば、私はその分楽をしながら、喜んで君の下につくさ。

 

独り言のように、語っていたその言葉を、ようやく何年も経ってから意味に気づく。

今になって。
あなたが遠い地に行ってしまってから、ようやく。
この場所にたどり着けて、ようやく分かるなんて。

今更、あなたに見てもらいたい一心で、ここまでやってきた事に気づくなんて。


今からでも、間に合いますか?
今からでも、遅くはないですか?
今からでも、追いつけますか?

あなたは、受け止めてくれるでしょうか。


唐突に理解し始めた気持ちを持て余しながら、過去に憧れた未来とは食い違う今、
異なる幸せを望まんと欲す。

きっとあなたならば、この気持ちを言葉にする術も、知っているでしょう。
しかしどんなに拙くとも、あなたが納得するまで思いを表してみせましょう。


この苦しい、脆い、溢れんばかりの気持ちと、僅かな希望と。
今までの経験を背負いながら、ようやく今日、あなたの元へ行く。
ぎゃふんなんて古典的な降参の意を、果たして本当に言ってくれるのだろうかと、楽しみも抱きながら。

 

お題提供 哀婉

 


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結末しかしらない [自作小説]

 

 どうか、一緒になってください。
 何度も言い続けたその台詞に飽きたように、彼はまたかと頭を降った。


 どうしてそこまで俺にこだわる?
 あなただからです。

 第一、お前はどうなりたい?
 貴方と幸せになりたい。
 
 本当に俺と一緒になる覚悟があるのか?
 勿論。

 なら、その根拠はなんだ? お前には未来が見える能力があるとでもいうのか?
 彼は馬鹿にしたように鼻で笑った。


 未来は見えない。
 けれど、私達の未来なら分かります。
 きっと貴方は、横で笑っている。
 きっと私は、貴方を幸せにする。

 だから貴方は、私とずっと一緒にいてほしい。それだけが一番に、それだけしか私は望みません。


 そう言うと、彼は恥ずかしい奴、と囁いた。

 忘れるなよ、俺はいつだってお前を見限ってやる。
 自惚れるなよ、お前なんか大した力も持っていないんだ。
 調子に乗るなよ、俺はお前に大好きとは言ってやらねぇ。

 それでもいいのか?
 彼は試すように、ちらりと見上げる。
 返事の代わりに、きつく抱きしめた。
 彼は真っ赤になったまま、何も言わなかった。


 嗚呼、愛しい人。
 きっとこれが、未来のかたち。

 

お題提供 月と戯れる猫


 


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「私の羽根を見せてあげましょう」「どうせ作り物、なんだろう」 [自作小説]



羽根を見せてあげる、というと彼は悲しそうに目を伏せた。
孔雀の羽根。天使の羽根。大鷲の羽根。
あなたの好みは一体どれだというのだろう。

首をかしげた私が、別に見たくないのなら構いませんが、と呟くと
彼ははっとしたように面を上げた。


そうじゃない、そうじゃないんだ。


羽根は好き。でも期待を込められない。
羽根は好き。でも信じられない。夢を託せない。

気持ちを言葉にする事ができずに、彼はまた悲しそうに俯いた。


どうせ作り物、なんだろう?


彼は笑っていた。
確かに笑っているのに、何故今にも涙が零れそうな顔に見えるのだろう。
私はどうしてか悔しくて、答えるのに間を空ける。

 

作り物、かもしれません。

やっぱりな。


彼は溜息をつきながら、同時にどこか安心するように頷いた。

でも。


私は飛ぶことが出来ます。
大地を蹴って、空へと飛翔できます。滑空できます。気流をつかんで加速していく事だって容易い。
だというのに、あなたはまだ別の羽根を望むのですか?


彼の目が泳ぐ。
もう一押し。


落ちないとはいいません。
矢で討たれるかもしれません。雨で羽根が重たくなるかもしれません。
それでも、私はあなたを背中に乗せて飛んでみたい。


空でもあなたと共にいたい。
声に出さなかったその言葉が、伝わったかのように彼は泣いた。
恐々と声を出す。


本当に、信じても大丈夫だろうか?

駄目です。


不思議そうにこちらを見上げた彼に笑ってみせる。
羽根ではなく、私を。
あなたが私を信じてくれたなら、きっと私は飛び続けることが出来るでしょう。


不安の曇りは全部拭う事は出来なかったけれど、それよりも晴れた笑顔で彼は手を取った。
さあ、参りましょう。
紛い物の羽根で。
本物の大空へ。

 

お題提供 哀婉

 

 


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お姫様の憧れ [自作小説]


 くるくる回る。くるくる回る。
 すり抜けていく風を、掴もうとするかのように。
 大きな風を起こし、どこかへ飛び去っていきたいと言わんばかりに。

「なーにやってんの」
「んー?」

 くるくる回る。まだ回る。
 今度は逆回り。流れる視界に肌色が消える。変わりに空の青。

「気分悪くなるよ」
「んー、大丈夫」
「第一、なんでいきなり回ってんだよ」
「そーだねえ・・・・・・うあぁ」

 ぱたん、と崩れ落ちた。
 馬鹿め、と鼻で笑った声が頭上で聞こえる。
 ぐるぐる回る。まだ回っているような気がする。

「気絶してたら、誰かが起こしてくるかな」
「五時限目サボる気? どーぞご勝手に。怒られるのはお前」
「薄情者ー」

 何とでも言え、と彼は乾いた笑いを漏らした。

「・・・・・・誰かが起こすって、何」
「なにって、何」
「こっちが聞いてんの。もしかして、あれか? 白雪姫とか眠り姫とか、そーいう?」
「ふふっ。そーだねー。いつか王子様が迎えに来てくれるのーとか、そーいう?」

 夢物語だよね、なんて自嘲するように先に言うと、今度は乾いた笑いは漏らさず、そーだなとぽそりと言った。
 うつ伏せたままだから、表情は分からないけど。

「ううう、気持ち悪い」
「・・・だーから言ったのに」

 続いてしまった沈黙を振り切るように漏らすと、少しだけほっとしたように彼は優しく頭を撫でてきた。
 眠りそう、と思ったら五分だけだぞ、と釘を刺される。


 王子様じゃなくていい。
 ずっと傍にいて、やがて起こしてくれるのが君であったなら。
 いつか湖の近くに、小さなお家を建てて一緒に住みたいね、なんて。

 瞬間。おいまさか本気で寝たんじゃないだろうな、と焦ったような声が聞こえてきた。
 もう。雰囲気ぶち壊しで本当にダメな王子様。
 だからいいんだけどね。
 お姫様なんか似合わない大雑把な私と、王子様の余裕なんて欠片もない心配性なあなた。
 いつか本当の王子様とお姫様になれるでしょうか。

 

 

お題提供 哀婉

 


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