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気取った笑みを浮かべる [自作小説]

(3話目/8話)

 

「姉貴か?」
「お姉ちゃんに迎えに来てもらったんか、滝本」


「いや、偶然通りかかった赤の他人なんだが。手当てしてやったのに手前呼ばわりされて、
 しかもやっぱり知らない君たちから絡まれてる、不幸なOLだよ」
「はぁ・・・・・・」
 向こうは何だそりゃ、という顔をしている。そりゃそうだ。
 だったら逃げればいいだけの話だ。
 脅えて腰を抜かしているようには見えないし、ましてや恐怖を感じている雰囲気すら感じられない。
「だったらそいつをよこせよ。俺たちが手当ての続き、してやるからよぉ」
 下品な笑い声でその場を賑やかす、ザ・不良とでもヤクザとでもいえるような無頼漢。
 対峙しているのは凄みのあるパンチパーマのおばちゃんでもなく、格闘家ともいえず、
 どちらかといえば華奢といえる部類に入りそうな女だった。
 ただ一つ。普通の女と違うのは、強い光を放つ瞳。
 まるで何もかも見通してしまうような、しっかりした目だった。
 興奮でキラキラと輝き、僅かな闘志が奥で燃えているのが見えたが、怒りや脅えは見えない。
 ようやく、男たちも様子が違う事に気づいたらしい。

「手当て? どんな手当てをしてやるんだ?」
「そうだなあ、とりあえず腕の一本でもこきりと鳴らしてやろうか?」
「それとも、高い鼻をぽきりと鳴らしてやろうか?」
 舌なめずりでもするかのようにいやな目をしながら、どういう目にあわそうかと考えて、
 俺の体と女の顔との間を一巡する。
 そんな男たちに、飄々とした感じで言い放った。
「なら渡してやるわけにはいかないな」
「ああ?」
「さっき言っただろう? 私はこの子を手当てしたと。だから、それを無駄にされちゃ寝覚めが悪いんだよ」
 そう言って、女は笑った。
 ニヤリと。そんな擬態語がぴったりの笑顔で。


 そんなふてぶてしい表情がお気に召さなかったらしい。
 けれど自分たちに脅えない女の様子に、男たちは鼻白みながらも文句を言い出した。
「お前の都合なんか知るか」
「俺たちはそいつを叩きのめせりゃそれでいいんだよ」
「やれやれ。そうとう恨まれているようだな。一体何をした?」
 目線で男たちに問いかけると、一人が鼻息荒く口を開いた。もう一人がおい、と制止音を発する前に。
「そいつはなあ、俺らのポップコーンを踏みつけたんだよ」
「・・・・・・」
 なんとも言えぬ嫌な沈黙が間に横たわった。
 言った本人は罰の悪そうな顔をしたが、ちょっと頬を赤らめながら、
 必死に何かを取り戻そうとするかのように抗議の声をあげ続ける。
「それだけじゃねえぞ!」
 そう。それだけじゃなかった。下っ端に喧嘩を売ってちょっと足腰立たなくさせてみたり、
 重要な書類破ってみたり、大切な取引の前に泥水を浴びせかけてみたり。
 まあ、言えないようなこともちらほら。
 そこの青筋立てている男の彼女奪っちゃったりとか。不可抗力だったんだけど。
 とにかくむしゃくしゃしていたのだ。若気の至り? 幼稚な所業?
 どう言われようが、こいつらのグループ全体が気に入らない。
 全てを聞いた女はふう、と調子を取り戻すように溜息をついた。

「・・・・・・君も随分とお茶目じゃないか、ええ?」
 全く変な奴だった。
 誰が楽しそうに笑うと思う?
 百戦錬磨の喧嘩野郎だったらともかく、普通の女。
 冗談じゃない。一般人がこんなに肝が据わってちゃ、情けなさ倍増じゃねえか。


「私としてもね、弟のような年齢の君たちが喧嘩しているのは忍びないんだ」
 女はさも残念だというように首を振った。
 何故か追っ手の奴らは雰囲気に飲まれているのか野次が弱く、程よい独壇場と化している。
 というか、あっちに親父丸出しの奴らとかいるのに、弟? コイツ一体何歳だ?
 恐らくその場にいる殆どが思っていただろう。
 それを感じたのか、女は早口で続ける。

「言っただろう? 折角お金を出して手当てしたんだ。無駄にされると薬代も勿体無いし。
 OLの給料なんてたかが知れてるんだよ」
 本当にさあ、と暗い顔をした女は本当に一般人の顔だった。いや、そんな所帯じみた感じ、今いらないから。
「それを無駄どころか踏みにじって、君達が後でこんな悪戯ばかりしている
 やんちゃ坊主のために治療代を払ってあげるというのか?」
 あれ? 何かちょっと話ずれてんじゃね? 殴るって言ってたんだよこいつら。
「喧嘩した理由を聞いて、ちゃんと叱った方がいいよ。
 殴って、蹴って、一時はすっきりしてコイツもおとなしくするように思えるけれど、
 裏では反発心を燃やして、またやってやると思うに違いないのだから」
 そうだろう? と女は聞いた。視線を逸らして何も答えない俺にふっと鼻で笑う。
「見ろ。恩人の私にさえ返事を返さない奴だぞ。そんな恩をあだで返す奴はモトを正してあげないとなあ?」
 と、どこか意味深な笑みを浮かべた。それがどこか・・・(認めたくはないが)恐ろしげで、一同言葉を失う。
 女が屈みこむ。未だ楽しそうな笑みを口元に浮かべながら。


「ん? 言ってみろ。あちらさんが気に食わなかったのか? カッコいい極彩色の服着てるから?
 パンチパーマに憧れて? それともグラサンが羨ましかったのか?
 あ、お前短足だから、あの人が無駄に足長いのに嫉妬したんだろう」
 グラサン言うな、いつの時代だ!
 それにパンチパーマなんて言ってやるな、アイツは地毛だぞ? というか、んな安い理由で喧嘩売るかよ!?
 開きかけた口は、顎を掴まれた華奢な手に阻まれる。
 ぐいと頷かされ、ざわとどよめいた。「マジかよ」なんて声が笑い声と共に聞こえてきた。
 マジじゃねえよ。明らかに無理に頷かされてんだろーが、馬鹿。
「もうしないだろう? なあ、坊や。仲良くしてほしくて悪戯しちゃう、小学生の気分だったんだよな?
 いずれ嫌われても知らないぞ?」
 嫌われて何ぼなんだよ。
 言いたかった言葉は何故か出てこなかった。不敵に笑う女の瞳が一層輝いていたからだろうか。
「ほうら。こうやって理由を聞いてあげたら、こんなひねくれた奴でも反省するもんだ。
 結局根本的な解決方法は、根っからもうしないように諭してあげることだよ」
 そう言いながら、「それに怒ると健康にも悪いしね」などとまたもや頓珍漢なアドバイスを授ける。
「ああ、それとこの中にバイクを大音量で鳴らして走るのはいるかい? あれはやめたほうがいいよ。
 何となく、おもちゃを買って欲しい子どもが阿呆みたいに駄々をこねて泣き叫んでいるように聞こえるからね。
 滑稽な真似は控えめにしたほうが、角も立たない」
 お前が角を立てているんだと思う。
 そうは思ったが、どちらも調子を狂わされているらしく、誰も何も言わなかった。

「あーあ・・・・・・何か、もういいや」
 追っ手の中でリーダー格の奴が興味を失ったように欠伸を漏らした。
「今日はその変な姉ちゃんに任せとくわ。しかし、また悪戯したら今度こそ容赦しねえからな? ソージちゃん?」
 ニタリ、と嫌味な笑いにイラッとしたが、体の節々が痛んですぐには動けず、
 その間にお開きかよ、暴れ足りないのになんて言葉を残しながら奴らは帰っていった。

 

 

お題提供 月と戯れる猫

 


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