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言い逃してしまった言葉 [自作小説]

(4話目/8話)

 

「さて。・・・・・・じゃあ帰ろうか、ついておいで」
「はあ?」
「行く所がないならうちに来ればいい。
 今の時間に外にいるんだから、どうせ親と喧嘩して帰りづらいとか青臭い悩みがあるんだろう?」
「青くて悪かったな。親父と顔合わせたくねーんだよ」
「そうかい、じゃあおいで」
 ほら、と女は手を差し出した。
 子ども扱いすんじゃねえと無視したが、にこにこと笑ったままで、そこがまた癪に障る。
 けれどどこかくすぐったい気持ちが渦巻いていて、結局言葉にならなくてずっと黙っているしかなかった。


 辿りついた玄関。鍵を開けた扉の奥は暗い。
 まだ住人が帰っていないのならともかく、この時間帯と様子ではコイツのみがここの住人なのだろう。
 ということは。つまり、ともかく。
「ちょ、ちょっと待て。こら、お前」
「んん?」
「お前一人暮らしなのか?」
「そうだよ? 何か問題でも? ああ、大丈夫。
 ベッドの他に、一組布団があるんだ。ちゃんと眠れるから、安心していいよ」
「それはよかった・・・じゃねえ、そういう問題か! お前一応女だろ!?
 男を、しかも初対面で夜遅く、部屋に連れ込むなんて安心していいわけねーだろが!」
 女はああ、と気づいたように漏らした。今更か!
「・・・・・・襲わないよ?」
「違ーう! お前が! むしろお前が心配しろっ、身の危険を感じろ!」
「そういう意味か。襲いたいのか?」
「・・・んなわけねえっつの」
 何だか、疲れた。どっと疲れた。
 頭を抱えた俺を横目で見ると、大丈夫、いい案がある。
 そう言って、さっさと暗い部屋に入っていくものだから、
 調子が狂いっぱなしの俺は阿呆のように後をついていくのだった。


「・・・おい。だからなんだこれは」
「何だい? ああ、やっぱりベッドの方がよかったかな?」
「だからお前は危機感を持て! 俺が布団を使うのは当たり前だが、何でベッドの傍に敷くんだよ?
 危なさすぎだろうがっ」
 やれやれ、と女は溜息をついた。
「心配性だな。近くで見張っておけば何にも悪さをしないかなという最善策のつもりだったんだけど。
 ・・・・・・これまでの言動を思うに君は、思ったより良い子なんじゃないのか? 所謂、悪ぶりたい良い子」
「うっせえ」
 ふう、と女は考え込む。
「ならこうしよう」
 棚から何かをごそごそと取り出し、両手を出して、と言われる。
 素直に手を出せば、あっという間にロープがぐるぐると巻かれていった。
「これで、よし。縛ってしまえば安心だろう? ああ、端っこは私が持っておくよ。
 朝トイレに行く時、紐を引っ張ってくれれば目も覚めるだろう。その時に外してあげる」
 文句無いだろう? と女は若干胸を張った。
 どこか穴があるような気はしたが、俺も何だか眠気が襲ってきていたのでどうにも反論する気力さえない。
 何しろ今日は一日中、例の奴らと追いかけっこをしていたのだ。
 俺ががくんと頷くと、女はよしっと小さくガッツポーズを取りながら、小ぶりの電気スタンドを消す。

「お休み。・・・そういえば自己紹介がまだだったね。私は碓井智美だ。よろしく」
「・・・・・・滝本総一」
「お休み、総一君」
 言い終わるや否や、手首への僅かな圧迫感が消えた。同時にくうくうと微かに寝息が聞こえてくる。
 手前、眠って紐を離しやがったな?
「・・・・・・良い子でよかったな。んっとに、危機感が無さすぎるんだよ」
 毒気を抜かれてしまった俺も、やがて忍び寄ってくる睡魔に身をゆだねた。
 若干傷が痛むも、久しぶりの心地よい眠りだった。

 

 

お題提供 月と戯れる猫

 


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