黒い瞳が微笑む [自作小説]
(2話目/8話)
女は顔にかかった髪を払いながら笑った。
その顔が何だか寂しそうにも見える。
「同情なんてごめんだ、か・・・・・・」
「そうだよ。お前だって手当てする振りして俺を蔑んでるんだろう」
女は一瞬黙った。
「なるほど、そうかもしれないな」
「・・・・・・・・・・・・」
本気かよ。信じらんねえ。
俺は自分で言っておきながら目の前の女に幻滅した。
会ったばかりで数分しか経ってないのだが、やっぱりコイツもそんな奴だったのかと、勝手に見切りをつける。
「だが、私は痛いのが嫌いだ。血も大嫌いだ」
「ってぇ・・・・・・」
ぐい、と手を引っ張られ、消毒薬をかけたガーゼで傷口を拭われる。
思わず声が出たが、女は気にせずガーゼを押し付けながら続けた。
「君のそんな痛々しい姿を見ていると、たまらないんだ。見ただけで自分まで痛いかのような気になってくる」
「・・・・・・」
「だから、これは私のエゴ100%かもしれないけど、そういうものだと割り切っておとなしく手当てさせてくれ」
そこまで言うと、顔に手を当てようとする。反対の手にはツンとする匂いのガーゼを持っていた。
反射的に手を避けようと上体を後ろにそらすと、女はまたふと笑った。
「そんなに脅えなくてもなにもしやしないよ」
「――ッ!」
簡単に追いつかれて、頬に手を置かれ、反対の頬を優しく拭われる。
全く変な奴だった。
誰が脅えてるだって?
この俺が? こんな女に?
冗談じゃない。
そうは思いながらも、これ以上何か言っても言い返されそうだし、逃げる気力もない。
冷たい夜風が、段々寒くなり始めたが、そのまま女の好きなようにさせるしかなかった。
ばたばたと慌しげな足音と、複数混じる罵声が聞こえてきた。
あいつらだ。
瞬時にそう判断すると、この場から逃げようと無意識に腰を浮かしていた。
さっきまでは一歩も動けずに、今度見つかったらその時はもうどうでもいいとまで思っていたのに。
案外人間というものは、少しでも力を得ると痛みから逃れようとする本能があるらしい。
しかし、動けなかった。
足でも折れていたのか?
そう思って自分の体を見下ろせば、さっきまで目の前にいた女の手が俺の体を押さえていた。
「テメェ・・・何のつもりだ」
「見つけたぞ! こっちだ!」
「滝本ォ、今度こそぶっ殺すぞ? 毎度毎度、派手に暴れてくれるよなあ」
いかにも頭の・・・・・・訂正。
(いくら本当の事であろうと、言ってほしくはないだろう。
というか、それは自分にも当てはまるのでやっぱり言いたくない)
柄の悪そうな男たちが公園の入口をふさいでいた。
やっぱり来やがった。
チッ、と舌打ちをして、また立ち上がる。が、できなかった。やはり女の手が俺を押さえたまま、びくともしない。
恐怖で固まっているのだろうか。だったら相当面倒くせぇ。
「さっさと逃げろよ。・・・・・・テメーも絡まれんぞ」
「やれやれ。恩人になろうというのに、とうとう『お前』から『手前』に格下げか」
あれ、元々「お前」と「手前」って敬語の一つだったっけ。どっちが上だったかなあ。やっぱ格下げ?
そんな緩い呟きを残しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「んだコイツ?」
「・・・おい? だから逃げろって」
女はこっちをちらりと振り返った。
まるで内緒話でもするかのように、あちらから顔を隠そうとでもするかのように。
黒々とした切れ長の瞳が、風に煽られた髪の隙間から、
期待と興奮を必死に押し込めているような、物騒な光を覗かせていた。
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