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無言の痛み [自作小説]

(1話目/8話)


 顔が熱い。
 顔が痛い。


 荒くついた息は夜の外気に晒されて白く立ち消える。
 ずきずき痛む腹も手足もどうでもよくて、だらりとベンチに寄りかかる。
 小さな公園はいまや俺にとっては安住の地で、通りかかる奴が全て
 憐憫やら軽蔑の目をして通り過ぎていくのも、こちらに危害を加えないならどうでも良かった。
 いや、それは嘘かもしれない。
 誰かが通りかかるたびに、目で追ってしまうのは、少しは気にしていたのかもしれない。
 最もそれは、ずっと後になってから分かる事だったけど。
 俺は血の味がする口の中を、水道から流れ出る生温かい水ですすいでから地面に腰を下ろした。
 欠けた月まで微妙に赤く見える。
 ぼーっと空を眺めていたら、公園の入口付近から足音が聞こえてきた。
 あいつらかもしれない。のろのろと顔を向けると、横断歩道を渡ってくる女が歩いてきていた。
 OLだろうか。

 渡り終えると視線を感じたのか、こちらを見て、それから眉を顰めた。
 辺りを見回して、足早に過ぎ去っていく。
 こういう反応には慣れっこだったが、さすがにコンビニに駆け込んでいくことはないだろう。
 そこまで俺の姿は危険人物に見えるのだろうか。
 また月を見上げる。今度は雲がかかっていて、うっすらと周りを照らす控えめな月だった。
 足音が聞こえて、何となく目を向ける。ビニール袋を手に提げた、あのOLが向かってきていた。
 こちらの傍へと近寄ると、そのまま立っている。

 何も言わないままだから、仕方無しに声をかける。
「・・・・・・なんだ?」
「よかった、気を失ってはいないようだ」
 ビニール袋を探りながらのほっとしたような声音だったが、
 そのことより、目の前の女の口調に俺は驚いていた。
 声の高さや柔らかさの欠片もない、男みたいな喋り方だ。
 まあ、どうでもいいか。そんなこと。

「怪我をしているみたいだね? 見せてご覧」
「やめろ」
 大した気力はなかったが、こちらへ伸ばした手を振り払う。
 痛みはなかっただろうが驚いたようで、女は吃驚したように目を丸くしていた。
「何でだ? そのままにしておくと菌が入るぞ。熱が出ると辛いと思うが」
「自分でやれる。だから構うな。同情なんてゴメンだ」

 本心だった。
 近づいてくる奴は機嫌を取るか、服従させようとするかのどちらかで、もうどうでもよかった。
 払われた手が虚しく宙に浮いたまま、冷たい夜風が吹いて、女の髪を揺らす。
 女は目を細めながら、静かに微笑んだ。
 それがどこか嘲笑に見えて、俺は女から目を逸らした。

 

 

お題提供 月と戯れる猫

 


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