結局、認めたくなかっただけなんだ [自作小説]
(6話目/8話)
「帰りたくなったら好きな時に帰るといい。おにぎりと味噌汁でも構わないんだったら出してあげるよ」
碓井は腕組みをしながらそう言った。さして特別でもない事務報告をするような気軽さで。
しかし三食それで済ませるつもりなのだろうか。・・・・・・本気か?
メニューの真実と、宿泊の意を問うその言葉を発してはみたが、碓井は微笑するだけで何も言わなかった。
まあ、行くトコもないしな。
「いい子にしてたら、ご褒美にお肉を入れてあげる」
・・・・・・よし頑張ろうっ、なんて思うか! んな安い理由挙げたらどうにかして悪ぶりたくなるだろーが。
疲れるからやらんけど。
そう思ったのが一週間くらい前のこと。
「さて、今日は日曜日だ」
「そうだな」
「ということはこの溜まった洗濯物を片付けねばなるまい! 散らかっている部屋の掃除もね!
本音を言うと非常に面倒臭い!」
「洗え! お前女だろ一応!?」
碓井はぽかんと口を開けるとそれから笑った。
「なんだかいつかも似た台詞を聞いた気がするな・・・・・・」
「いつかも似た台詞を言った気がする。洗え、匂わないうちに」
「はいはい。ならそこの籠持って来てくれる? 運ぶのと干すのが面倒なんだよね。
洗うのは洗濯機がしてくれるから楽なんだけど」
何もかも面倒なんじゃないか、とげっそりしながら俺は思わず呟く。
「洗濯板の時代を見習え・・・」
「古いね。今は乾燥機までついてる時代だよ」
気にも留めてない余裕の返事が返ってきただけだった。
「乾燥機はついてないのか?」
「それ使うとお金かかるんだよね。折角日が差してる時に洗うんだから、有効利用しない手はない」
「物臭な上にケチか。ケチだったら物臭になれないんじゃないのか?」
「なんだい、その理屈。ケチケチしようと思ったら幾らでもなれるんだよ。
手間をかけない究極のケチケチがおにぎりと味噌汁なんじゃないか」
「威張って言うことか・・・」
大人になるとね、いろいろ考えなきゃいけないんだよ。またさらに面倒臭い事にね、と碓井は漏らした。
将来頭使わずにボケそうだなと言ってやれば、そうかもねと否定すら面倒臭がる始末だ。
「そういえば、君の親父さんはどんな人なんだい?
厳格なガミガミ痩せぎすタイプ? 脂ぎっている中年タイプ?」
「・・・何なんだそのイメージ」
「年頃の男の子が嫌がりそうなイメージ」
「それ、男か? 女が嫌がりそうなじゃなく?」
確かに野郎も疎ましがりそうだが。
「ガミガミもギトギトも、誰しもなりたくないものだよね」
「将来予想図か・・・・・・俺の親父はどちらでもないが。どちらかといえばガミガミしてる方かなあ」
「髪は薄いかい?」
「興味のポイント違くね? ・・・少なくは無い、今のところ」
「じゃあ将来安心だね。まあ薄くなるのは自然なことだから、別に気にしなくてもいいとは思うけどねっ」
お前が気にし始めたんだろうが。
「それで? ガミガミ口煩いからつい言い返しちゃって大喧嘩で、帰りにくいとか?
それか、親父さんの足がクサイから堪りかねて家出とかかな?」
「・・・・・・気が抜ける理由だな、それ。そんなんじゃねーよ」
「お母さんは間に立ってくれないのかい?」
「死んだ。小さい頃にな」
碓井の瞳が僅かに揺れた。
「そうか・・・思い出させてすまないね。優しいお母さんだったのかな。
美味しいご飯をきっちり三食とるように、躾けられたんだね」
「よく覚えてねえけどな」
「じゃあ親父さんも、お母さんがいなくなったから、寂しくて君に口出ししてくるのかもしれないね」
「はあ? 大体アイツはお袋は今夜が峠だって言われた夜も、
臨終の時も、仕事で来ようとしなかったんだぞ?」
碓井は悲しそうに目を細める。
「私も社会人だからね、分かるかもしれない。
外せない大仕事が待ち受けていたのかもしれないし、
悲しんでいる姿を誰にも見られたくなかったのかもしれない。
・・・でも、きっと後悔しているんじゃないかな」
「・・・・・・」
部屋に入った時に、慌てて伏せる写真立てに飾られている人物が誰なのか、本当は知っている。
「はっ、んなわけねーだろ。格好ワリ」
「格好悪いもんだよ、大人なんて。
仕事するようになってちょっと我慢強くなって、外面よくなったけど、中身はちっとも変わってくれない。
大人に憧れ抱くのも、やっぱり気持ち分かるけどね」
完全無敵のスーパーヒーローには、どうしたってなれないもんだね、と碓井は
ソファに頭をぶつけるようにして溜息をついた。
ヒーローでいろとは言わない。完全でないことも分かってるつもりだ。
もしかしたら悲しんでいたのかもしれないさ、今になって思えば。
けれど、家族をあまりにも無視しすぎる親父には、どうひっくり返そうが納得できなかった。
「・・・堅気だったら、それで済むんだろうけどな。組の仕事でまともなのがあってたまるか」
「組? もしかして君の親父さんって刺青背負った職業?」
「ああ・・・怖いか?」
碓井は驚いたように間を開けて、また笑った。あの夜に見た、不敵な笑みだ。
「どうだろうね。私も組に関係があるといえばあるからね」
俺は今度こそ驚いて、しばらく言葉が見つからなかった。
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